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北米でのMAZDAセダンの評価・・・

 

MAZDAとアメリカ

これまでのやり方では確実に売れない北米市場は、新生MAZDAにとっては案外にパラダイスなのかもしれない。開発者、デザイナー共に武者震いが止まらない様子。アメリカでも日本でも消費の形態が変わってきたと言われるが、かなりのZ世代を抱えるアメリカではその新陳代謝は早い。「エシカル消費」って言うらしいけど、アメリカでは物を買うのに正義とか悪とか付いて回る。一歩間違えただけでVW、ナイキ、ドルガバなど知名度の高いブランドが終わっていく。

 

 

「正義」の買い物

正義とか悪とか・・・何言ってんだ!?チャンチャラおかしい。生活に必要なものを消費している限りではそんな議論は不要じゃねーか!?日本では余計なお節介という悪徳にすぎない。どんなものであれ「消費」によって経済は回るのだから、人が金を使うことは社会全体に有益だから黙って見てろ。例えば、東京ディズニーランドや富士山を外国人に占領させることが、「日本会議」の擁立する内閣の最大の功績なんだってさ。世の中はどっかで繋がっているだけなんだから、「美しい日本」という幻想共同体の本質も見えてくるんじゃねーの!?ピエール瀧がいるから麻薬捜査官という立派なお仕事がある。

 

 

世の中は「勘違い」で動く・・・

結論は「バカは徹底的に搾取される」だけの、「生産者と消費者の知恵比べ」ってところだろうか。ちょっとした便利さ(魅力)で誘惑し、あとは消費者に本当の「消費哲学」なるものを植え付ける。人は誰でも自分のライフスタイルにある種の「美しさ」があると感じている。現実はただひたすらにカビ・埃・ウイルスに囲まれて免疫力を鍛えているだけなのに・・・。

 

 

ハイセンスな「投石」

ハイセンスなライフスタイルを求めている連中が大きな顔をしている・・・どーしようもない奴らの集合体に過ぎない国々では、当たり前かもしれないけど、最近おかしなことばかり起きている。ドイツでは世界で最も優秀な「自動車セールスレディー」が長期政権を維持しているけど、擁立している産業側はどうやら腐りきっているらしい。フランスでは・・・移民がもう数ヶ月も暴れたままだ。イギリスはドヤ顔でキメた「ブレクジット!!」に待ったをかけたいらしい。妥当すぎる展開だが・・・どれだけ恥を晒すのだろうか!?あれ?フランスとイギリスがメチャクチャになっている原因は・・・。

 

 

ダサいことをやるスペック

茶番にしか見えないだろうけど、イギリス人もフランス人も真剣なんだと思うよ。スゲー・・・ダサいけども本気で投石してる。アジアの若者みたいに国が無責任に放り出したりしないから、国民の多くは甘ったれなのかもしれない。アメリカ人が同じことをすれば容赦なく発砲されるだろうし、日本人や韓国人がやれば、参加者は永久に社会から抹殺され、そこで初めてこの国には人権も革命権もなかったことに気づくだろう(北朝鮮と本質的には変わらない)。

 

 

ストイックさは日本にも伝播する!?

さて散々にバカにしたけども、アメリカのお買い物には「正義と悪」が存在する。日本では「MAZDAは最高!!BMWは最低!!」とか言ってしまうことは憚られる(その逆は許されるらしいが)けども、アメリカでは容赦なく「断定」された評価が行われる。全ての自動車はあらゆる「指数」によって格付けが行われる。

 

 

広告費一切なし!!

コンシューマー・レポートって一切の広告宣伝費を受け取っていないし、ステマ介入を防ぐために食べログのような民主主義的な仕組みも持ってないらしい、そこまでの厳密な「正義」は日本の文化に合わない!?オレオレ詐欺とかいまだになくならないヤバい国民性には「正義」を考える能力はない!?

 

 

アメリカが「断定」するMAZDAの実力

アメリカで使われる商品評価「指数」の中でもっともファジーで何を表しているのかよくわからないのが米雑誌「CAR and DRIVER」の10点評価だ。例えばセダンだと10点満点を獲得しているモデルは13ほどある。「アルファロメオ・ジュリア・クワドリフォリオ」「マツダMAZDA6」「トヨタ・ヤリス」「メルセデスAMG・E53」「ポルシェ・パナメーラ」「ホンダ・シビックSi」「ホンダ・アコード」「メルセデスAMG・C63」「メルセデスSクラス」「BMW・M5」「メルセデスE63」「キャデラックCTS-V」「メルセデスAMG・S63/S65」

 

 

1000万円以下の輸入車はゴミだ!!

日本車4台を抜かせば、日本市場では1000万円以上の価格帯で売られる「特別」なクルマばかりだ。ブログを書き始めてからずっと頭にあったことだけども、輸入車ユーザーがもしアテンザを笑うならば、その人のクルマは1000万円以上のモデルでないとおかしなことだ。裏を返せば「1000万円未満の輸入車なんて自己満にすぎない」のだから調子に乗ってマツダブログに出てくるな!!みたいなことをずっと主張してきたのでちょっと嬉しい。アテンザと肩を並べる輸入ブランド車は上の9台だけだってさ!!

 

 

MAZDA基準で見ればドイツ車はクソ

なんでトヨタ・ヤリスが入っているのか!?以前にも書いたことがあったけど、これマツダがメキシコ工場で作ってOEM供給しているデミオベースのモデルです。つまりセダンに限定するならば、マツダ、ホンダのレベルに達しているのは1000万円以上の輸入車だけだ。

 

 

世界が違い過ぎたらしい・・・

長年の闘争と晒し行為の成果かわからないけど、意味不明なコメントはだいぶ減ってきた。アウディとかフォルクスワーゲンとかメルセデス、BMWの底辺モデルのユーザーには全く伝わらない話を延々と書いてましたね。ミッションのショックが小さいなんて全く意味わかんなかっただろーな。まともに発進できないレベルのミッションを使っている人にMAZDAの魅力なんてさ・・・世界が違い過ぎる。

 

 

MAZDAがクールな理由

マツダが好きな人は、その深層心理では「投石」する人だと思う。MAZDAが欧州志向だから、ファンも英仏人と同じような思考回路!?ってのもあるかもしれないけど、石投げながら「オレはダサいよなー」としっかり感じている。MAZDAのデザインを見て、「まあフツーはやり過ぎって思うよなー」って冷めた意識を持ちつつも、その意識に流され同調圧力に飲み込まれたら、それは「死んでる」のと同じだ・・・ってことに気づく。いくら表面的には「ダサく」ても、どーしても譲れないものがある。これがとても不思議な感覚を与えてくれる・・・。

 

 

人間の価値は表面的には決まらない

冒頭にも触れたけど、考えれば考えるほど「正義」なんてものは「幻想」であり「初期衝動」でしかないことがわかる。そもそも「MAZDAのデザインが優れている」とか「MAZDAのセダンは満点だ」とかいう決めつけも、ほとんどこれと同じだ。「正義」はひたすらに「ダサい」と自覚してはいるけど、場合によってはそのダサいは「コントロール可能」な範囲なのかもしれない。そして「ダサいをコントロール可能」にするだけのスペックこそが、人生の余裕に繋がり「満足感」を与えるのだと思う。少なくとも自分とマツダの関係はそんなところだ。

 

 

心にゆとりを持たないと死ぬ時代

フランス人は十分にダサいと自覚してもなお譲れない想いで「投石」をしている(はずだ)。この行為が「コントロール可能」かどうかはわからない。ちょっと無理かも・・・って気もする。暴れられずにひたすらに抑圧されている現代の日本人はしばしば「アレ」をキメてしまうらしい。いくら「電気グルーヴ」でも、これは絶対にコントロール不能な「ダサさ」だよなー。シャレになってない・・・。ところで1000万円以下の輸入車はどっちのダサさなのかって!?・・・・え?知らねーよ。

 

 「マツダ・アクセラ・3代目の同期はクズばかりだった・・・」

 

 

 

 

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