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平成最後のマスターピース

 

 

 

 1989年といえば・・・

1989年に始まった平成がもうすぐ終わる。ユーノスロードスターなど歴史的名車が登場した1989年からもう30年になる。マツダにとってはロードスター、スバルにとってはレガシィツーリングワゴン(現レヴォーグ)、そして日産にとってはスカイラインGT-R(現GT-R)が象徴する30年が区切りを迎える。

 

 

30年の歩みはどれほどなのか

長く続いた平成不況の中で日本車の進化はかなり制限されていたし、これらのモデルが初代を大きく超えて進化したかどうかはかなり怪しい。生み出すことはできたけども、進化させることは難しい部分もある。全ての前提条件を無視して新しいモデルを世に出す方が名車は生まれやすい。

 

 

MAZDAは平成を生き抜いた・・・

全てを刷新すると宣言して出てくるアクセラの後継モデルは、マツダにとって平成最後のモデルになりそうだ。平成の30年間に幾多の経営危機を迎えては、必死でくぐり抜けてきたマツダの『生き様』が全て詰まったような、レジェンダリーで複雑怪奇なモデルをちょっぴり期待してしまうけども、とりあえず一日千秋の思いで、現行のスカイアクティブシャシーを使う世代が廃止されるのを待っていた人々のメガネに叶うクルマであればいいなと思う。

 

 

ファミリアの記憶

Cセグメントから生まれた歴史的名車といえば日欧同時革命を成し遂げた5代目ファミリア。このクルマが登場してからマツダが欧州市場にこだわる路線は確立されたけども、78年のサバンナRX7も80年の5代目ファミリアも、欧州ブランドへの憧れが強すぎて、今のMAZDAのスタンスから見ればちょっと恥ずかしい思いもあるかもしれない。

 

 

 

 

スポーツカーとスポーティなCセグ

しかしこのファミリアの大ヒットによって、マツダはオイルショック期の低迷を完全に脱して、レクサスに続いてアメリカにプレミアムブランド・アマティを打ち立てる構想を掲げた。アメリカ市場にマツダの旗を立てたのはRX7であり、ファミリアの派生車がマツダの屋台骨を支えていた。

 

 

マツダファンの原点

今やすっかりSUVブランドへと変身したマツダの中では、いまいちピンと来ないかもしれないけども、一時代のマツダの原点は「スポーツカー」とスポーティに振った「Cセグ」であり、平成に突入した時も状況は全く同じ。ハイヤーに使えそうな上級モデルもあったけども、多くオッサンライターの懐述によると、当時の若者はRX7、ロードスター、ファミリアをマツダとみなしていたようだ・・・。

 

 

スカイアクティブ・・・驕ることなかれ

80年代に蒔いたタネが、今の他を凌駕するSUVの売れ行きにつながっている気がする。30年前に若者だった50歳、60歳の人々がシンパシーを持ってくれている、そんな過去の遺産は今のマツダにとっても非常に大きいように思う。「いいクルマだったな」と思ってもらえるクルマ作りをしてきたかつてのマツダの努力はもちろんだけども、今のマツダはまた次の30年に向かって大事なタネを蒔けているのだろうか!?

 

 

若者のクルマとは!?

新しく登場するアクセラの後継車は、86、ジムニー、スイスポあるいはNワゴンと比較してどんな魅力を持っているのだろうか!?メーカーの独りよがりや自己都合ではなく、「今時の若者はよくわからん」とぶっきらぼうになることもなく、最後まで誠実に向き合ってくれているだろうか、新しいファンを掴むことができるのか、・・・まあヘンに迎合する必要はないと思うけどさ。

 

 

躍動感

5代目ファミリアはどっからどう見ても某ドイツ車にそっくりだったわけだけど、ロータリーにオイルショックが襲いかかった直後ゆえに、変なこだわりを捨ててでもこれが新しい時代の景色を作るクルマだー!!と、がむしゃらに突き進んでいる躍動感あるマツダの姿が浮かんでくるようで、今見ても当時の多くの人々の心を打ったモデルだったってのは納得できる。

 

 

何が表現されるのか・・・期待しかない

40歳以下の人にはまったく知られていない5代目ファミリアであったり、その後のNAロードスター、初代アテンザの輝きさえもかなり曖昧に解釈されている部分がある。今時のマツダといえば・・・多くの人がCX-5を連想するようになった現在地において、再びマツダの懐の広さを見せつけるような躍動とエモーショナルを「平成最後のマスターピース」として見せつけて欲しいと切に思う。

 

 

 

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